屋久島の低地照葉樹林は生物多様性豊かな希少な森

屋久島照葉樹林ネットワーク

里の原生林・生物多様性の宝庫 屋久島の低地照葉樹林を次の世代に手渡すために

屋久島低地照葉樹林の保全【一湊川】satono gennseirinn ,

屋久島低地照葉樹林は里の原生林です。全国で失われつつある貴重な照葉樹林であるばかりでなく原生林内に息づく、特に菌従属栄養植物や無葉蘭などの自生地として特出した種の多様性の宝庫です。全島に渡り、わずかに残されている大小河川の流域沿いの森は様々な生物たちのかけがえのない生息地です。ネットワークではこの河川流域の中でも主要な3流域、一湊川流域、椨川流域、花揚・鳴子川流域の早急な保護指定の必要性と、森林生態系の保全対策をもとめて活動しています。

     空から見た一湊川中流域から下流域。川に沿って照葉樹林が続く。濃い緑はスギ人工林

今回は様々な保全対策の取り組みの中から一湊川流域での事例を紹介します。

大雨によって増水した濁流が流入した一湊川流域の希少種の自生地はえぐられ、腐葉土が流出し、樹木や草の根や落ち葉の下でひっそりと生きている菌従属栄養植物の根もむき出しになる痛々しい状況に晒されています。安定的に維持されてきた地面の腐葉土層が壊され流出するだけでなく、川から流れ込んだ砂が自生地に堆積し、微小で繊細な菌類のネットワークによりはぐくまれている生態系の絆が断ち切られ、破壊され、種および自生地が消失の危機に晒されています。

近年頻繁に起きている河川の増水による貴重種の自生地への流入にはいくつかの要因が想起されます。一つは気候変動の影響か、大雨の降る頻度が高くなっていること、そして最も直接的には自生地の上流域や近隣での森林の伐採や林道の開設による改変が起因していると考えられます。現実に一湊川の源流域や上流部ではここ数年間にも国有林内の林道開設や伐期を迎えた杉の人工林の伐採、搬出(間伐事業)が行われています。

広い面積で行われるこの人工林施業では主に作業車(重機)が人工林内に入り伐採・収穫の作業を行いますので人工林を取り囲むように残されている保護樹帯と呼ばれる原生的な森林にも、作業車が進む路網が入り、剥き出しの裸地化が進みます。当然ですが当地に降り注いだ雨は濁流となり大きな増水を起こし、頻繁に川岸から越水して自生地を脅かしていることは、現在目の当たりにできる現実です。

上流域での国有林内の人工林施業地

                     スギ人工林の伐採施業地内の作業道         人工林に隣接した保護樹帯を切り開いて進む作業道

 

自生地内で腐葉土を洗い流されむき出しになった根茎

 

本流から流れ込んだ濁流によりえぐられた菌従属栄養植物など希少種の自生地

 

川から流れ込んだ砂が堆積した自生地

 

こうした現状を目前にして、ネットワークでは手をこまねくことなく、実際に自分たちにできることを、現地に即した自生地保全の方法を編み出して実践しています。低地照葉樹林の保全を願う同じ志を持つ人々の知恵と力を借りて一湊川では川の石を岸へ運び、川の水が自生地に流れ込まないように石垣を築きました。これは、2月27日に行った照葉樹林セミナーの講師、崎尾均(新潟大名誉教授)さんの助言からこの方法を採用して実施することに決めました。川の中の石を運び出し、陸へ上げれば、川の流量は増え、川岸に築かれた石垣によって自生地に流れ込む水を止める。という単純な原理です。もちろん、作業は人の手で行います。この作業に当たっては林野庁や川の管理者、屋久島町の許可を得ています。作業には支援事業者、環境省屋久島事務所の方々が助っ人に来てくれて一緒に汗を流しました。

本流側から岸へ石を移動する

 

川側の石を岸へ積み上げる

 

川の石を岸へ運ぶ

 

作業前の岸の様子 2023年2月

 

     2回目の作業の後、築かれた石積みの防水堤 2023年9月

 

屋久島低地照葉樹林の保全に関するセミナーと現地研修会

開催日      2023年2月27日(月)9:00~12:30 参加無料

場  所   セミナー:屋久島町役場本庁 委員会室

     現地研修:椨川流域、

主  催   屋久照葉樹林ネットワーク

共  催   屋久島学ソサエティ

[開催趣旨]

屋久島の集落に程近い低地の河川流域には林齢150年を超える里の原生林とも言える照葉樹林が残されています。近年この森林では世界新種や国内新産種の発見が相次ぎ、絶滅危惧種をはじめ希少植物が多く生育していることから生物多様性の宝庫として着目されています。同時にこの貴重な森林はほとんど保護のエリアに含まれておらず早急な保護の指定が望まれます。2020年4月「屋久照葉樹林ネットワーク」が長年調査研究を行い収集されたデータを基に「日本生態学会」「日本植物分類学会」「日本自然保護協会」の4団体より、環境省林野庁、鹿児島県、屋久島町保全に関する要望書が提出され、現在行政機関により保護林等の指定が検討されています。

今回のセミナーでは渓畔林の生態・保全、森林施業を専門分野とされてきた崎尾均さん(新潟大学名誉教授)を講師にお迎えして渓畔林の生態的な特色と保全の大切さを学び、合わせて椨川流域の現地フィールドワークを行います。今後、保護林指定(林野庁)や生息地等保護区指定(環境省)を踏まえ、将来的には国立公園、更には世界遺産登録地域の拡張といった目標も視野に入れ、様々な視点から屋久島の低地照葉樹林を後世に引き継ぐための学びの場となれば幸いです。

2月27日 

◇9:00~10:30

手塚 賢至(代表)・山下 大明(写真家)  

  • 「水辺林(渓畔林)の動態,生態的機能および保全・再生技術」:崎尾 均

◇10:30~12:30  現地研修:椨川流域 

タブガワムヨウランなど固有名称を冠する貴重種の多い椨川流域の照葉樹林を観察し、この森を後世に繋げるために専門家とともに保全と利用の持続的な可能性を学びます。

◎オプション:27日14:00~16:00引き続き現地研修として女川流域を視察します。

28日9:30~ 一湊川流域の自生地保全対策を現地にて検討

 

講師:崎尾均(さきおひとし)新潟大学名誉教授・Botanical Academy代表 屋久島学ソサエティ会員
大阪市出身.博士(理学),技術士(環境部門・森林部門).埼玉県農林総合研究センターを経て,2008年に新潟大学農学部(演習林)に着任,2019年に佐渡自然共生科学センター長に就任.これまで水辺林の生態・保全・管理などに関する研究を中心に行なってきた.また,佐渡島屋久島,秩父,只見,富士山において森林の生態や樹木の生活史に関わる研究にも従事した.2021年に新潟大学を退職後,BotanicalAcademyを設立して,セミナーや講義で森林や樹木に関する情報発信を行なっている.

 

<問い合せ>屋久照葉樹林ネットワーク事務局 手塚田津子/電話:0997-44-2965/E-mail:yattaneyoca@gmail.com

 

セミナー①要旨 開催趣旨に同じ

セミナー②要旨

水辺林(渓畔林)の動態,生態的機能および保全・再生技術

 

崎尾均(新潟大学佐渡自然共生科学センター・フェロー,Botanical Academy代表)

 

河川,渓流,湿地周辺には,周囲と異なった独特の樹種構成をもった森林植生が発達している.これらの森林(河畔林・渓畔林・湿地林)は,総称して水辺林と呼ばれている.

近年の土地利用の高度化と開発は多くの水辺林を破壊する一方で,帰化植物の繁殖場所を増やし,そこを生息地とする在来の生物を絶滅に追いやってきた.河川はコンクリート護岸によって巨大な放水路と化しており,上流域では砂防・治山工事によっても水辺林が失われ,緑化樹種・植生の導入により自然植生に悪影響を及ぼしている.

日本では梅雨や台風による集中豪雨によって頻繁に洪水が生じている.水辺林はこれらの洪水による攪乱と密接な相互作用をもって更新している.洪水によって水辺林は破壊される一方,新たな砂礫地などが出現する.水辺周辺では,様々な土壌や水分条件が混ざり合って複雑な立地環境がモザイク状に微地形を形成している.これらの立地には,その環境に適応した植物が侵入し,そこで稚樹が定着し成長を始める.このように,水辺林の樹木は,生活史を通して水辺域の攪乱に適応して,種多様性の高い個体群を維持していく.

水辺林は樹冠による日射遮断や水質形成などの生態的機能を持つとともに,人間にとっては,災害防止や水産資源,レクリエーションの場の提供など多くの役割をもっている.特に,サケ化の魚類の生息・繁殖には水辺林の日射遮断による低水温の維持が必要である.また,氾濫原の農地利用にともなう水質汚染物質が河畔林帯を流れることにより除去されるなどフィルターとしての役割を果たしている.落葉広葉樹で形成されている水辺林は,葉の展開落葉を通して,景観形成だけでなく生態的機能の観点からも水辺の多様性に貢献している.

水辺林の保全再生には,現在残されている比較的自然度の高い水辺林を厳正保全し,これを核,モデルとして,質の低下した水辺林を修復・復元し,源流部から河口に至る水辺林の連続性を回復する必要がある.水辺林の再生については,その地域,立地環境に成立する植物群集の組成と構造を持ち,しかもそれが生態的に機能できるような水辺林を再生させて行かなければならない.このような水辺林を再生する上で重要なことは,その成立する『場』の扱いである.水辺林は,河川による自然攪乱や,それに結び着く生理生態的環境の下で成立する群集である.したがって水辺林の成立する環境が存在しなければ,自立的に更新を続ける水辺林は存続することはできないし,生態的な機能を果たすこともできない.

問合せ 屋久照葉樹林ネットワーク 事務局
mail:yattaneyoca@gmail.com  

 

 

 

屋久島世界遺産地域科学委員会への要望書

                                2023年1月24日

屋久島低地照葉樹林保全世界自然遺産地域拡張を求める要望書

                         屋久照葉樹林ネットワーク 

                               代表 手塚賢至

 

 2023年、今年は屋久世界自然遺産登録から30周年の節目の年を迎えています。今こそ屋久島の誇るべき自然環境が世界遺産に登録された原点へ立ち戻り、改めて屋久島の世界遺産たる価値を再認識して持続的な発展のために改善すべき問題を明らかにし、解決へ向けて真剣な検討と行動が求められている時です。

 1993年の世界遺産登録時にIUCN(国際自然保護連合)は屋久島の登録に対する評価書において改善すべき点を指摘し勧告を行っています。

世界遺産推薦 IUCN評価 662:屋久島(日本)」において、3.「完全性」という観点から「改善すべき問題点を3つ挙げています。」

中でも3.1【境界】「複雑で屈曲した境界線によって分けられ、境界線の幅は1㎞に満たない部分さえある。~中略~いくつかの明らかな世界遺産の価値、たとえば老齢大木を中心とした原生林、優れた景観を有する地形や滝が、推薦地域に近接するものでさえ除外されている」つまり遺産地域エリアの幅が狭いという脆弱性と、併せて遺産地域に近接した原生的な森林が除外されていることが指摘されています。遺産地域エリアの幅の狭さは特に高標高山岳地域から東側へと連なる愛子岳から尾根上に伸びる垂直分布を指すことは明らかです。

 屋久島の低地照葉樹林、特に河川流域に辛うじて残されている原生的な照葉樹林においては植物種の多様性が極めて高く「種の保存法」に係る国内希少野生植物指定種や絶滅危惧種等の貴重植物が多産し、近年世界新種、国内新産種などの発見も相次ぐ極めて価値ある重要な森林であることが明らかになりました。屋久照葉樹林ネットワークが2016年から精力的に行ってきた島内各地域での植生調査や希少種調査によるデータを基に、2020年4月に『高い植物多様性を擁する屋久島の低地照葉樹林保全をもとめる要望書』を、「日本生態学会」・「日本植物分類学会」・「日本自然保護協会」との四団体同時に環境省(自然環境局長・九州地方環境事務所長)、林野庁(長官・九州森林管理局長)、鹿児島県(県知事)、屋久島町(町長)の四行政機関に提出しました。

 この要望書の趣旨と目的は、わずかに河川流域に残されている貴重な原生的照葉樹林であるにも関わらず、これまでこの森林生態系の価値が認識されないまま、近年様々な開発の影響により自然環境が脅かされている現況を直視し、早急な保護の手立てを施すことでこの貴重な森林生態系を未来に引き継ぐことを目的とし、特に保護上重要な照葉樹林として優先的な3流域(椨川流域、一湊川流域、花揚川・鳴子川流域)を示しました。

この東部一帯を端緒として尾根上の世界遺産登録地域を拡張して河川流域に残存する原生的な低地照葉樹林の保護指定を行うことでこの30年来の勧告は科学的な根拠を基にして合理的な解決へと導かれます。登録後30年を経た今も改善されずに放置されている現状を看過することなく、この世界遺産エリアの脆弱性を解決するための施策の提案として以下の4点を屋久世界遺産地域科学委員会に要望します。

 

  • 3流域を林野庁の保護林制度に係る「森林生態系保護地域」に編入すること。
  • 3流域において環境省種の保存法に係る「生息地等保護区」の指定に取り組むこと。
  • ①、②の判断を踏まえ屋久島の価値を最大限尊重し綿密な協議の上、特に椨川流域を筆頭として国立公園への編入を実現すること。
  • ①、②、③を経て現状の様々な保護指定エリアを再検討し、将来的には世界遺産登録地域の編入を、特に椨川流域を直近の実現課題としてロードマップを策定し進捗させること。

 

 2020年に提出された要望書は林野庁環境省屋久島町より真摯な内容の回答が寄せられています

今回の貴科学委員会への要望書は、環境省からの回答に「屋久世界遺産地域科学委員会の場を活用するなどして、当該地域の実効性のある保全策について関係行政機関とも連携して対応を協議していきたい」との意向が示されていることと、屋久島の低地照葉樹林保全が何故必要なのかとの問いと答えの中に30年前の勧告をクリアするための問題解決のへの道筋も同時に内包されていることを重視しています。

 屋久世界遺産地域科学委員会におかれては2020年提出の要望書を再度吟味され、この度の要望書と併せて該当地域の保護指定を通して世界遺産エリアの拡張が促されIUCN の勧告をも解決できることをご理解いただき世界自然遺産の重要課題と認識され早急な議論と検討を行い、要望内容に即して実現へ向けた決断をされるべく強く要望いたします。

 

 

                       屋久照葉樹林ネットワーク    

                        Tel/Fax:0997-44-2965

                      Email:yattaneyoca@gmail.com

               〒891-4203鹿児島県熊毛郡屋久島町一湊2418-38

 

「里の原生林・屋久島低地照葉樹林の保全」

2022年3月15日 森林文化協会発行の年報「森林環境2022」にネットワーク代表の手塚賢至が寄稿しました。要望書の提出に至るまでの経緯を含め、屋久島低地照葉樹林保全に関する歴史的な背景と保護指定への進捗状況などを広範囲に紹介しています。

ご一読ください。

屋久島低地照葉樹林の早急な保護指定を願い取り組みを進めています。

 

「里の原生林・屋久島低地照葉樹林保全

 

以下から「森林環境2022」ー目次ートレンド・レビュー でPDF版をダウンロードできます。

https://www.shinrinbunka.com/publish/shinrin/

 

 

「森林環境2022」の表紙写真。左側は新緑の一湊川流域。手塚賢至が2018年4月にNHKの取材でヘリに乗った時に白川山集落の上空から撮影した写真です。

 

f:id:yakushimahozen:20220412232417j:plain

f:id:yakushimahozen:20220412233656j:plain

f:id:yakushimahozen:20220412233722j:plain

f:id:yakushimahozen:20220412233919j:plain

 

f:id:yakushimahozen:20220412233953j:plain

f:id:yakushimahozen:20220412234020j:plain

 

以下森林文化協会のページよりPDF版がダウンロードできます。

https://www.shinrinbunka.com/publish/shinrin/

 

高い植物多様性を擁する屋久島の低地照葉樹林の環境保全を求める要望書

要望書提出しました!

林野庁 長官 本郷浩二 殿

林野庁 九州森林管理局 局長 小島孝文 殿

環境省 自然環境局  局長 鳥居敏男 殿 

環境省 九州地方環境事務所 所長 岡本光之 殿

〇鹿児島県 知事 三反園 訓 殿

屋久島町長 荒木耕治 殿   

 

4月17日、6通の要望書を提出しました。

この要望書は「屋久照葉樹林ネットワーク」、「日本生態学会」、「日本植物分類学会」、「日本自然保護協会」の四団体が同時に上記6者に宛てて提出しました。

本来ならば、3月中に四団体が霞が関で合同で手渡し、記者会見をする予定で準備を進めてきましたが、このコロナ禍で直接手渡しは不可となり、上京も見合わせ、結局、「日本生態学会」と「日本植物分類学会」は郵送で提出、「日本自然保護協会」と「屋久照葉樹林ネットワーク」は屋久島の各機関、林野庁屋久島森林管理署、環境省屋久島事務所、鹿児島県屋久島事務所、において各所長に手渡し、屋久島町は町長に手渡しとなりました。17日は島内メンバー4名が揃って各事務所を訪問し、手塚会長が要望書提出に至った経緯を説明し、事務局手塚が要望書を読み上げ、メンバーそれぞれ意見を述べ、各所共丁寧に応対いただき、つつがなく受け取っていただきました。取材は朝日新聞社南日本新聞社の二社が入りました。以下は4月26日(日)南日本新聞です。近日中にもっと詳しい記事が載るそうです。

f:id:yakushimahozen:20200502215736j:plain

 

Photo by じろう うちむろ